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もっぱら壁打ち

【一万円選書リレー】1冊目:エンド・オブ・ライフ

普段読んだ本はブクログに記録をつけていて感想は書いたり書かなかったりその都度ですが、一万円選書で選んでもらった本の感想はせっかくなので書いていこうと思いました。

1冊目は佐々 涼子 著『エンド・オブ・ライフ』です。

本の紹介

「死ぬ前に家族と潮干狩りに行きたい…」患者の最期の望みを献身的に叶えていく医師と看護師たち。最期を迎える人と、そこに寄り添う人たちの姿を通して、終末期のあり方を考えるノンフィクション。

内容紹介にそう書いてあったことから、医療関係者から見た人の最期の様子が収録されたドキュメンタリーの短編集を想像していたのですが、実際にはそれだけではありませんでした。

  • 渡辺西賀茂診療所の取り組み
  • そこに勤める訪問看護師:森山
  • 在宅医療で最期を迎えた筆者の母

まずこの本は京都で訪問医療を行う渡辺西賀茂診療所とそこで働く人々に焦点が当てられています。診療所では患者の最後の希望を叶えるというボランティアが行われていました。例えば患者に同行して県を跨いだ浜に潮干狩りに行ったり、ディズニーランドに同行したり、家で演奏会を催して人を集めて過ごしたり、中には生きたままの土壌が食べたいと無理難題をぶつけられて街中へ探しに行くといった具合です。もちろんただ一緒にくっ付いて遊んでいるはずがなく、患者の症状を見て酸素ボンベや車椅子や薬などあらゆるケースに想定した準備を行い、患者とその家族が楽しい時間を過ごす影でライブ本番中の裏方スタッフよろしく徹底的にサポートしています。そしてそんな診療所の取り組みをノンフィクションライターとして取材していたのが筆者でした。

そんな本のプロローグでは、そこで訪問看護師をする森山という男性が自身の癌に気付くところから始まります。上記のような話の合間に死に向かう森山が何を考えどのように過ごして来たのか、友人として共著を持ちかけられた仕事仲間として一緒に過ごしてきた筆者が見てきた彼の生き様が全編を通して少しずつ挿入されています。

そしてもう一つ、筆者の母親についても全編の中で少しずつ描かれていました。筆者の母親は難病を患い自分では体を全く動かすことができずに寝たきりの生活を送っていましたが、入院ではなく夫に世話をしてもらいながら在宅医療を続け最期を迎えた一人でした。この話は唯一、渡辺西賀茂診療所とは関係のないところで起きていたものでした。

遠いところ、近いところ、幸せな面、大変な面、様々な距離・角度から人の最期と在宅医療のリアルを描いている本で、当初は道徳の教科書に載っている短編を読むくらいのラフな気持ちで本を開いていた私は想像以上の深さと濃さに衝撃を受け、読み進めるのにそれなりの覚悟を必要としたのでした。

感想

私は身近な人の死に立ち会ったことがほとんどありませんでした。そのため私にとって死は遠いところにあり、できればそのまま遠いところにあり続けてくれと無意識に目を背けて来たものでした。

在宅医療についても全く知識がなく、中でも渡辺西賀茂診療所の取り組みには「ボランティアといえども仕事でそこまでする人たちがいるだなんて」と驚愕しました。

そんな私にこの本は、これから生きていく上で知っておいたほうがいいであろう医療の一面と、自分や周りの人達の終末についての考え方・選択肢を与えてくれました。

とりわけ印象に残っていることの一つが医療の意外な一面です。

痛みを取り除くことは患者の不安を和らげる重要な要素の一つになるが、治療することばかりに意識が向き、緩和のための技術はそれほど重要視されていなかったそうです。

ただしこれは2013年の取材の証言で、その頃緩和ケアの知識を高めるための運動も起きていたらしいので、現在はもう少し関心が向けられているのかもしれません。

またその一方で痛みを取らない方がいいという考え方もあるようで、一概に良し悪し言える分野でもないことも意外でした。

いい医者に出会うか、出会わないかが、患者の幸福を左右しますね p70

試験を受けて知識と技術を保証されている医者ならどの人に見せても一定の水準が担保されているだろうと安易に考えていました。が、やはり医師といえども人は人。本の中ではセカンドオピニオンによって誤診であることが発覚したり、入院患者のケアを怠るピリピリしたナースとのやりとりなども描かれていました。また別の章では病気を完治することに関心の強く倫理観に欠如したことを悪気なく行えてしまう医者と、そんな医療現場にショックを受け、治すこと以上に患者を最後まで人間として扱い、人間らしい仕事をしたい医者が描かれてもいました。

とはいえ良い医者と悪い医者、素人目ではなかなか見分けはつかないと思うのでこればかりは運頼みになってしまうのでしょうが。

もう一つは本のあらすじにも載っているような、あえて治療に専念せず余生を大事に過ごす選択肢を選んだ人たちの様子が数多く納められていたことです。

自分が病気で余命宣告されたら当然生に未練ができて長く生きたいと願うと思いますし、自分ではなく大切な人がそうなったら自分の時以上に長く生きて欲しいと強く願って、あれこれ手を尽くしたくなると思います。医者も熱心な人は海外に学びに行って腕を磨いていて、医療技術も少しずつ進歩しています。でも延命治療の過程で薬による副作用や痛みが続いたり、入院生活が続いて家に帰れず、家族との時間も減って辛い闘病生活になることも考えられます。それでも可能性があるからにはやらない選択肢はない、と思いがちですが、この本では筆者や筆者がインタビューをした医療関係者が見てきたそれ以外の選択肢もたくさん提示されていました。延命治療だけが正解でない、選ばないことが悪でないと思わせてくれます。

二十数年間死から目を背けて生きてこれた私にもいつかきっと、身近な大切な人(もしくは自分)の命の選択に関わる時が来るかもしれません。そういった時に色々な命の閉じ方があることを知っているだけでも、きっと本を読む前よりも良い選択をできるような気がします。

おわりに

診療所の取り組のスタンスに関して、渡辺西賀茂診療所の委員長の言葉が印象的でした。

「僕らは、患者さんが主人公の劇の観劇ではなく、一緒に舞台に上がりたいんですわ。みんなでにぎやかで楽しいお芝居をするんです」 p25

日銭を稼ぐとか、役割をこなすだけじゃなくて、そこまでのことを想い、実施していけること。一社会人としてこんな風に考えて今の仕事ができたらなと思ってしまいました。